渋谷区ふれあい植物センター

season1  後編:なぜ、ハーブと米の酒が渋谷の植物園から生まれたのか?-ひとは知恵を携えて自然界と調和する

植物園で採集した植物を素材で造る「渋谷酒(しぶやしゅ)」プロジェクトは、2023年秋から始まり、2024年5月にはお披露目会を開催しました。この企画が始動したきっかけなどをつづった前編に続く後編では、実際の酒造りからお披露目会の様子まで、さらには、今後の展望も含めてお届けします。

text by Naoko Asai

「渋谷酒、搾りました。うまいです」

2024年2月のある日、「稲とアガベ醸造所」代表で醸造家の岡住修兵さんから、短い言葉の中に造り手としての自信がぎゅっと詰まった力強いメッセージが届きました。ハーブのお酒としては、すでに出来上がったお酒に漬け込むリキュールが一般的かもしれません。しかし、岡住さんが手がけるのは、あくまでも「醸造酒」。お酒の仕込み時に、ハーブもいっしょに発酵させる点がリキュールとは大きく異なります。

「クラフトサケの酒造りでは、お酒をしぼる前の状態の“もろみ”の発酵時に副原料を漬け込むことが多いのですが、今回は、大量のハーブでお茶を作り、それを仕込み水として使用することにしました」

ハーブティーとして使用した植物は、

・レモングラス
・レモンマートル
・レモンバーベナ
・ゼラニウム
・オレガノ
・ローズマリー
・シナモンマートル
・ローリエ
・フェンネル
・タイム 

のハーブ10種類、その他に

・コーヒーの葉
・イチジクの葉
・オリーブの葉
・イチゴノキの実 

の4種類を加えた計14種類です。 通常、水で仕込むお酒を、14種類の植物のエキスを抽出したお茶で仕込む。いつもとは異なる手法を聞いただけでも、今回の試みと意気込みがいかに特別なものであるか伝わってきます。「様々なパターンのブレンドを試してみて、最終的にもっともおいしいと感じたハーブティーを選び仕込みました。予想通り、もろみの段階で非常にいい味わいでした」

その手応えは、出来上がったお酒を試飲した園長の感情にもダイレクトに響きました。

「届いたお酒を飲んでびっくりしたんです。“おいしい”という言葉の遥か先にあるというか、お酒が細胞に浸透して、身体全体が植物にひたされていくような感覚でした。生命の泉そのもの。 まさにスピリッツですね。 最高です!」と興奮気味に岡住さんに感想を伝えると、岡住さんも、「これだけ多くの種類を使ったからこそ出てきた味わい。今回、多種多様な植物を採集しお酒にしましたが、複雑であればあるほど感動的な飲み物になることを実感しました。収穫時も思いましたが、レモングラスやレモンバーベナといったレモン系の香りと、ゼラニウムのようなハーブの相性がとても良さそうだったので、それを中心に味を設計しましたが、その辺りの選択も間違いなかったと思います。でも…」

ひと呼吸ついて、岡住さんが続けます。

「でも、どんな植物が届いてもおいしいお酒になると思います。植物園で育った植物そのものに力があるので」。 こうして、渋谷で育った植物たちが、秋田の地で植物園を丸ごとしぼったようなお酒「稲とアガベと渋谷の植物園」と姿を変え、渋谷に里帰り。奇しくもそのお酒の色はハーブを連想させるやさしい緑色…! ヴィジュアル的にも、植物由来を象徴するような、「ふれあい植物センター」の名にふさわしい一本に仕上がりました。

お酒から生まれる対話と新たなつながり

さてここで、「稲とアガベと渋谷の植物園」のボトルの裏のラベルにご注目! よく見ると何やら細かい字でびっしりとお酒に込められた思いがつづられています。なかでも、ユニークで思わず目に留まるのが、渋谷酒を飲む際の3か条。

ルール1 男鹿や渋谷に関わる人がいる場でしか飲んではいけない(できるだけ)
ルール2 男鹿および渋谷の植物に思いを馳せて飲むこと
ルール3 お酒がおいしいと感じたら、男鹿や渋谷の植物園を訪問すること

えっ、お酒を飲むのにルールがあるの!? いえいえ、これは「できるだけ」というくだりからもわかるように強制するものではなく、男鹿とそれ以外の地域を、お酒を介して結んでいきたいという、岡住さんの強い願いをしたためた3か条です。

それでは、ここからは、5月17日、18日の2日間にわたり、計40名が参加した渋谷酒のお披露目会での岡住さんと園長による対話のハイライトをお届けします。二人の考えがお酒を通して交差することで、植物とお酒の関係性や可能性が浮かび上がってきました。一体、どのような展開になったのでしょうか…!?


―今回でき上がった「渋谷酒」を飲んで、園長は非常に感動していましたが、改めて感想を聞かせてください。

園長:自分たちが育てた植物からとてもおいしいお酒ができたということが、とても素晴らしいと思いますし、しかもその植物が、この渋谷で育ったということを皆さんに知ってほしいですね。農産物と聞くと、自然豊かな地方をイメージするかもしれませんが、実は普段の生活のすぐそこでできたものが、こんなにおいしいものに変わるんです。僕はこのお酒を飲んでネイティブアメリカンのメディスンホイールを思い出しました。

岡住さん(以下敬称略):メディスンホイール?

園長:人間以外の自然界を表していて、そこに人間が加わるには知恵を持って加わらないと自然界に入れないという、ネイティブアメリカンに伝わる教えです。その視点で考えると、野菜やハーブなどの植物を育てるのも人間の知恵だし、収穫した植物をまたこうしてみんなでお酒として飲めるようにするのも人間の知恵。

岡住:なるほど。

園長:だから、今回のプロジェクト全体が原料の採集からお酒というプロダクトに至るまで、すべて調和していると感じました。自然界の何にも乱していない。そして、人と人をつないでいく。それが素晴らしいなと。

―人と人をつなぐというお話が出ましたが、今回のプロジェクトは、「稲とアガベ」のなかでも、地域と地域をつなぐ新たな取り組みのひとつと聞きました。

岡住:そうですね。僕たちが造っている酒を通して、地域と地域をつなぐことができたらと思い、「EXPANSIONシリーズ」、つまり、酒の機能を拡張していこうみたいな、少し実験的なシリーズとして位置づけています。

園長:「つなぐ」という意味では、岡住さんは以前から「お酒はメディア」と仰っていますよね。

岡住:もともと日本酒は、神様と人、人と人とをつないでくれる存在で、何かと何かの間にあるものというイメージを持っているので、酒を「メディア」として捉えています。お酒の機能を考えた場合、酔うためだけの機能だと、やはり近い将来、もっと飲んでもらえなくなるという危機感も持っていて…。

園長:コロナ禍を経て飲酒の機会も減りましたしね。

岡住:その影響は大きいですよね。若い世代が会社の飲み会には参加したがらないとか。お酒を飲んでも次の日に頭が痛くなるし、飲んでいいことってないじゃんと思う人が世界的に様々な要因で増えています。でも、お酒を飲むことがもっと意義深いものであれば、もう少しお酒の文化も続いていくような気がしていて。お酒の機能を拡張したいという思いをずっと抱えていたんですよ。

園長:拡張という意味では、この「ふれあい植物センター」も、植物を愛でるだけではなく、食材として食べたり飲んだりすることで、自分でも育ててみるところまで、植物との関係を広げていってほしいと思っています。今日、この「稲とアガベの渋谷の植物園」を飲んでおいしいと思ったら、使用されているハーブに興味がわいて、このお酒に使われているハーブを何かひとつでも自分で育ててみたいと思ってもらえたらいいですね。植物園では、毎月第2と第4土曜日に「Saturday Farm」という名前で、ハーブガーデンのお手入れをメインに、様々な植物のお世話をしています。ぜひ、ボランティア登録して、参加していただきたいです。

岡住:今回のお酒がそういうきっかけになったら嬉しいです。植物園に来るきっかけになったり、男鹿に行くきっかけになったりとか、何かそういう初めの一歩になって、その後の行動が変わるようなお酒になったら面白いと思います。いつか、男鹿にもお越しいただいて参加者の皆さんといっしょにお酒が造れたら嬉しいですね。

園長:自然界から何も奪わないどころか、きっかけ作りにもなる。「渋谷酒」プロジェクトはこれからもぜひ続けていきましょう! そしていつか渋谷土産に!


こうして、2023年から始まり、2024年の春に誕生した渋谷生まれの「渋谷酒」。しかし、お披露目会という大きな花火を打ち上げて終わり、ではありません。これは最初の大きな一歩。植物園のハーブとお酒を軸にした、コミュニティ作りは、いよいよこれから本格的にスタートします。

岡住さんや園長の対話でも上がった「きっかけ作りの酒」、「行動を変える酒」は、これから、渋谷と地域、地域と人、そして、何よりもそこに関わる人と人を有機的につなげていくプラットフォームとして成長する可能性を秘めているのです。今後の展開に、ぜひご注目ください。 (終)

渋谷酒

植物園で採集した植物を素材で造る「渋谷酒(しぶやしゅ)」プロジェクトについてお届けします。