season2 渋谷酒プロジェクト第2弾の舞台は福島!「haccoba -Craft Sake Brewery-」蔵見学&体験レポート
2024年から始まった、植物園の植物を原料に使ったオリジナルの酒「渋谷酒」を造るプロジェクト。第2弾となる今回は、福島県南相馬市小高区と浪江町にある気鋭の酒蔵「haccoba -Craft Sake Brewery-」(以下、haccoba)とのコラボレーションが実現しました。2025年2月15日、植物園のコミュニティメンバー有志とともに、haccobaの浪江醸造所を訪れ、蔵見学と麹造りを体験してきました。その様子をレポートするとともに、haccobaとはどんな蔵なのか、彼らが造る酒、そして今回の渋谷酒について紹介します。
text by Naoko Asai

一度はゼロになった町で産声を上げた、クラフトサケ醸造所
haccobaは、2021年、福島県南相馬市小高に誕生したクラフトサケ醸造所です。「クラフトサケ」とは、クラフトサケブリュワリー協会の定義によると、日本酒の伝統的な製法をベースに、ハーブやフルーツなどの副原料を加えたり、今までの日本酒にはない斬新なアイデアを取り入れたりして醸す、多様な味わいを持つお酒のこと。次世代の醸造家たちが起こしたムーブメントは、日本酒業界に新たな風を送り込み、注目を集めています。
前述の協会に加盟している醸造所のひとつが、今回、タッグを組むhaccobaです。haccoba代表の佐藤太亮(たいすけ)さんは、大学時代に居酒屋でのアルバイトを通しておいしい日本酒に出合い、大学4年時にはインターンとして、発酵の蔵が残る石川県・能登とつながりが生まれます。大学卒業後は東京のIT企業に就職したものの、やはり酒造りがしたいと退職し、新潟の日本酒蔵で修業を経て、いよいよ、自分の醸造所を立ち上げます。設立する場所に、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故の影響により、一時は誰もいなくなった小高をあえて選んだのは、ゼロになった場所から始める酒造りに意義を見出したからです。

今回お邪魔した浪江醸造所の前でスタッフたちと談笑するhaccoba代表の佐藤太亮さん(右から3人目)
さらに、2023年には浪江町に東日本大震災の仮設住宅の廃材を再利用して建てられた2つ目の醸造所をオープン。2024年には、無人駅舎であるJR小高駅に3つ目の醸造所とショップを設立しました。
今までにない味わいが楽しめるhaccobaの酒造り
haccobaが造るのは、伝統的な日本酒の技術を土台にしつつも、これまでのお酒とは異なる味わいを持つ、個性豊かなクラフトサケです。醸造所の名を一躍有名にしたのは、日本在来のホップ「唐花草」をお米と一緒に発酵させる伝統製法 “花酛”を参照したお酒「はなうたホップス」でした。「“酒づくりをもっと自由に”という思いのもと、かつての “どぶろく” 文化やレシピを現代的に表現し、ジャンルの垣根を超えた自由な酒づくりを行なう」というコンセプトを象徴するお酒は、口に含むと、米由来のふくよかな旨味とともに、ホップ由来の爽やかな香りと心地よい苦味が広がる新感覚のおいしさで、たちまち人気のお酒となったのです。他にも地元産のハーブを使ったり、カカオハスクを使ったお酒を造ったりと、バリエーション豊かな副原料の使用もhaccobaのお酒の大きな特徴です。


様々な副原料を使用しているため、お酒のバリエーションも豊富。ボトル周りのデザインもセンスのよさが光ります。
佐藤さんは、「今みたいに商業的にお酒を造る以前の時代には、自分の周りで採れるものをお酒に入れたりしていたんですよね。そういう時代の民俗的な酒造りの方が本質的にはより地酒らしい地酒なんじゃないかと思います。今は禁止されていますが、集落や家庭単位でやっていたはずの自家醸造の時代のお酒造りの文化を蘇らせていきたいという思いがあり、それゆえ、自由にいろいろな酒造りをしています」と言います。
麹造りを通じて垣間見えた、酒造りの面白さ
今回は浪江町にある醸造所で、酒造りへの理解を深めるために特別に麹造りの体験をしました。参加者たちのほとんどが酒造りの蔵を訪ねるのは初めて。麹造りを行なう「麹室(こうじむろ)」に入るのも初体験で、皆さん、そうっと足を踏み入れていきます。発酵しやすいよう温度管理された麹室の中で、蔵人の方たちに作業のコツを教えてもらいながら、渋谷酒と同じ原料米である、福島県産の米「天のつぶ」を蒸した後に麹菌を振っていきます。麹造りは、お酒造りの中でも非常に重要な工程で、作業中の米の温度が均一になるよう、常に温度をチェックし、麹菌がまんべんなく米に行き渡るよう丁寧に混ぜ合わせます。手袋を通して米の感触を感じながら何度も混ぜたりしているうちに愛着がわき、作業が終了する頃にはなんだか生き物のお世話をしたような感覚に。貴重な酒造りの現場を目の当たりにして、麹室から出てくる参加者たちはみな高揚した面持ちでした。
今回の渋谷酒のテーマは「渋谷トロピカル」!
麹室での作業後、植物園の小倉園長から、今回造る渋谷酒のコンセプトが発表されました。
「前回の渋谷酒は、レモングラスなどのハーブを中心に10数種類の副原料が入っていたので、やはり味わいも、ハーブの特徴が全面的に出ていましたが、今回はパイナップル、ライチ、ジャボチカバといった果実そのものをお渡ししました。佐藤さんとお酒のテーマについて話していて浮かび上がったキーワードが“渋谷トロピカル”です。今のような温暖化が進むと数10年後には渋谷もそういったトロピカルフルーツに適した環境になってしまうかもしれない。そんなイメージから湧いてきたキーワードです。味わい的にも先程麹造りで使用した“天のつぶ”は、いわゆる酒米よりも爽やかに仕上がると聞きました」


今回の渋谷酒の味わいを設計するにあたり実験を重ねたそうですが、その際、べースとして参考にしたのが「水を編む」シリーズです。
「“水を編む”はお米農家さんを主役にしたシリーズで、農家さんごとにお酒を造っています。その中のひとつに、南相馬市鹿島区のアグリロードさんが作ったお米“天のつぶ”で仕込んだお酒があり、今回はそのお酒をベースに味わいの設計をしています」(佐藤さん)


「地元農家さんたちのお米の味、生き様を、お酒を通して最大限伝えていく “地酒” をつくりたい!そんな思いから誕生したお酒」とのことで、パッケージデザインも田んぼをイメージ。ラベルをめくると詩人・菅原敏さん書き下ろしの詩が現れるという仕掛けは、日本パッケージデザイン大賞2025にて銀賞を受賞しました。
「今回、トロピカルな風味が出るよう意識して進めていますが、果物の中でも、ジャボチカバの存在感がとても強いんですよ」と佐藤さんが笑います。「味の支配率とでも言ったらいいのか、一般的にトロピカルと言えばパイナップルのような味わいを思い浮かべるかと思いますが、ジャボチカバの方が目立つんです」
それに対して小倉園長は、「ブラジルが原産地のジャボチカバは見た目はブドウに似ていて、味はライチのような濃厚な甘味が特徴です。少しタンニンも感じるかと思います。確かに、トロピカルというとパイナップルやライチの方が一般的なイメージかもしれませんが、渋谷の植物園のありのままの姿としてトロピカルを表現するという自然な方向で考えてもいいかもしれませんね。いずれにしろどんな味わいのお酒になるのか今から楽しみです」と答えました。


ジャボチカバは、白い花が咲いたあと緑の実になり、ぶどうのような実をつけます。
実際に、浪江町の醸造所を見学し、麹造りの体験をしたことで、渋谷の植物が、福島の地でどのように生まれ変わるのかより具体的にイメージすることができました。haccobaとのコラボレーションによって、一体、どんな新しいお酒が誕生するのか。渋谷酒プロジェクト第2弾の完成したお酒とお披露目イベントの様子は追ってレポートします。どうぞお楽しみに!

浪江醸造所の前でほほえむ、佐藤さん(左)と小倉園長。