漢方を本格的に基礎と実践で学ぶ|陰陽五行説から薬膳ブレンド作りまで充実の講座レポート

8月24日(日)、渋谷区ふれあい植物センターにて、漢方家・杉本格朗さんによる漢方の連続講座第1回が開催されました。5月には講座開講を記念したイベント「漢方講座記念プレイベント:映画『うんこと死体の復権』上映&特別トーク〜いのちの循環 – 人間もまた自然である〜」(イベントの様子はこちらから)も開催され関心が高まっていたこちら。実際の講座とワークショップの様子をお届けします。
漢方は人の「なに」を診るのか? 基本理念を学ぶ
漢方家・杉本格朗さんによる記念すべき漢方講座第1回のテーマは、「陰陽五行説と体質診断 ~自分のバランスを知る~」。講座の冒頭では、「漢方薬とは何か?」に始まり、漢方の基本的な考え方である「弁証論治(べんしょうろんち)」の解説から始まりました。西洋医学では病名に基づいて薬を処方することが多いのに対し、漢方では「なぜその症状が出ているのか」という根本原因を探ることを重視するそうです。杉本さんからは、「望診」「聞診」「問診」「切診」という四つの診断法について詳しく説明されました。「望」は舌や顔色を観察すること、「聞」は声や匂いを聞いたり感じたりすること、「問」は会話を交わし、「切」は脈診や腹診を行なうことを指します。

杉本格朗さんプロフィール
1950年創業・漢方杉本薬局(鎌倉)3代目。大学で美術を学んだ後2008年入社、2021年表参道に出張相談所開設。漢方相談を軸に生薬研究を行い、国内外でワークショップや講演活動を展開。著書『こころ漢方』
同じ頭痛でも、冷えによるもの、疲れによるもの、現代ではパソコンによる作業など、原因によって適切な処方が変わることを具体例で示し、漢方の基本的な考え方を解きほぐして説明していきます。
そして講座の核心となったのが、今回のテーマ「陰陽五行説」に対する理解です。参加者の皆さんが見つめるプロジェクターのスクリーンには、見たことのある陰陽マークが映し出されました。

よく見かける陰陽のマークにも実は深い意味がありました。
「黒い部分は「陰」を意味します。特徴は、暗い・冷たい・内向的。反対に、白い部分は「陽」。明るい・温かい・外向的な特徴を表しますと」と、スクリーンを見ながら杉本さんの解説が続きます。特に印象的だったのは、理想的なバランス状態の表現。杉本さんは「この陰陽の状態をたとえるなら、湖の水面が波立っていない静かな状態。少し雲がかかった晴れの日のように、太陽がさんさんと照りつけるのではなく、雲で少し太陽の力が遮られながらも、光はちゃんと水面に届いている状態」と、光と影の絶妙なバランスがビジュアルで浮かび上がるようなたとえを挙げ、参加者の皆さんも深くうなずいていました。
五行説では、木・火・土・金・水の五つの要素が相互に影響し合います。「相生(そうせい・そうしょう)」関係では、木が燃えて火となり、火が燃え尽きて土となり、土から金脈が生まれ、金属に水が集まり、水が木を育てるという循環があります。一方、「相剋(そうこく)」関係では、木が土から養分を吸収し、土が水をせき止め、水が火を消し、火が金属を溶かし、金属が木を切るという抑制の働きがあります。実践的な例として、五行説においてストレスで胃腸が弱るメカニズムも説明されました。怒り(木のグループ)が強すぎると、胃腸(土のグループ)が弱ってしまうため、木のグループを落ち着かせ、土のグループを元気にする漢方薬を使うという具体的な応用法を学びました。
さらに興味深かったのは、五行にはそれぞれ対応する味や臓器などがあること。木のグループは酸っぱい味、火のグループは苦い味、土のグループは甘い味、金のグループは辛い味、水のグループは塩辛い味が対応しています。例えば胃腸が弱っている時は甘いものを摂取し、肝臓をケアしたい時は酸っぱいものを取り入れるといった具合です。まさに「医食同源」の考え方を体系立てて理解できる貴重な機会でした。

木・火・土・金・水の五つの要素が相互に影響している図を見ながら、自分に合う生薬のイメージを広げていきます。
実践的ワークショップで自分だけの薬膳ブレンド作り
講座の後半は、いよいよ参加者の皆さんもお待ちかねの、実践的な薬膳スープに使用するブレンド作りです。まずベースになる桂皮、生姜、陳皮(みかんの皮)を計量し、その後、自分の悩みに合わせて気になる生薬を選び、量っていきます。生薬の香りを直接かぐ機会はあまりないためか、袋を開けると皆さん興味津々で香りをかいでいました。


様々な植物由来の生薬。それぞれの植物を乾燥させ、細かく砕いた状態。こちらを用いてブレンドしていきます。
たとえば、体を温めたい場合は八角や乾姜など、元気になりたい場合は高麗人参や山薬(山芋)など、血流や肝臓ケアには田七人参やウコンなど、一人ひとりが自分の体調や悩みに合わせてカスタマイズしていきます。杉本さんは参加者各自の質問に丁寧に答えながら、個別にアドバイス。それぞれ加える生薬は、0.5gや1gずつとわずかずつ加えていくため、計量作業もますます真剣な顔つきに。合計約10gの自分のための薬膳鍋用のブレンドが完成すると、皆さんとても満足な表情を浮かべていました。
暮らしのなかに生薬を。「学んで、作って、実践する」大人の学び
植物園で漢方講座と聞くと、一瞬、なぜ?と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、漢方の考え方であり、今回の講師である杉本さんは、「人は自然界の一部である」という基本理念をとても大切にしています。5月に開催したプレオープン記念イベント「漢方講座記念プレイベント:映画『うんこと死体の復権』上映&特別トーク〜いのちの循環 – 人間もまた自然である〜」(イベントの様子はこちらから)も、まさにその考えを反映し、実現した会でした。もちろん、漢方の原料は植物だけに限りませんが、人間も植物も「いのちの循環のひとつである」ことを意識し、実際に自らの手を動かす場としての漢方講座となりました。

皆さん、真剣な面持ちでブレンドする生薬を選び、計量している様子。どの生薬を使おうか迷ったら香りをかいで、ピンときたものを入れてもよいそう。
今回作成したブレンドは参加者の皆さんに持ち帰り、自宅で実際に薬膳鍋に使うことを想定していますが、さらに、生薬を気軽に暮らしに取り入れる試みとして、杉本さんから「今日は、ブレンド作り以外にも、自分が気になった5種類の生薬を2〜3グラムずつ持ち帰ってください。そして、次回までの期間中にさまざまなブレンドを試してみてください」と、講座だけで完結するのではなく、「学んで、作って、実践する」という一連の流れが自宅でも続く充実の内容でした。
講座の終盤では、日常生活での漢方活用についても詳しくレクチャー。参加者から「家庭でも入手可能な漢方薬材はありますか?」という質問が飛び出すと、「スーパーのスパイスコーナーで手に入るものもあります。生姜は一般的なスーパーでも購入できますし、農薬やワックスを使っていないみかんを食べた後の皮を乾燥させて使うこともできます」と実践的なアドバイスをくださいました。柑橘系の皮は種類によって効能が異なるものの、比較的近い効果を持っているため、みかんと同様に農薬やワックスなどを使っていないグレープフルーツの皮なども活用できるそうです。ただし、伝統的な漢方では江戸時代までに日本に入ってきていなかったものは含まれていないため、昔からある柑橘類の方が確実とのこと。少人数のため、気軽に質問できるのもこの講座ならではです。

次回 10月26日(日)に予定されている第2回のテーマは、「気・血・津液のバランス」。季節の変化と共により深い漢方の世界を探求します。漢方では「気・血・津液」のバランスが健康の鍵。気虚・血虚・津液不足・気滞・瘀血など、具体的な症状と漢方処方をわかりやすく解説します。ワークショップの内容は、紅花、ヨモギ、陳皮など、植物の香りや薬効を学びながら、オリジナルの薬草入浴剤作り。 本格的な冬を迎える前に、冷えや疲労が気になる方にはぴったりの内容です。 また、今回の第1回で基礎をしっかりと学んだ参加者の皆さんが、自分で選んだ5種類の生薬を暮らしに取り入れてどのような変化が生まれたかなど、次回、フィードバックを共有するのも連続性のある講座ならでは。残り3回の講座にもぜひご注目ください。