ボランティアが育てたホップから、地域をつなぐ黄金の一杯が誕生! 植物園発のクラフトビール、「渋谷東麦酒」ができるまで
ちょっといいことがあったら、植物園のホップを使った「渋谷東麦酒」で乾杯! そんなワンシーンを彩るビールが、2024年秋に誕生しました。ホップ農家さんとともにボランティア有志で都会のど真ん中、渋谷でホップの栽培(しかも、2024年は大豊作)に成功したこと、委託醸造をお願いした山梨のブルワリーにもみんなで訪れ、味わいやボトルのラベルのデザインまで、ボランティアの皆さんが自律的に動いて商品化したことなど、食と農と人をつなぐビール誕生までの様子をご紹介します。
text by Naoko Asai
時々、「植物園の屋上はどうなっているんですか?」と来園者の皆さんからご質問をいただくことがあります。普段は開放していない屋上も、実は「農園」として、ボランティアの皆さんの力もお借りしながら様々な植物を栽培しています。そのうちのひとつが、ビール好きの皆さんにはおなじみの植物、「ホップ」です。
なぜ、植物園の屋上にホップがあるのでしょう? それは、渋谷区ふれあい植物センターの指定管理者である「NPO法人アーバンファーマーズクラブ」の「みんなで作って、みんなで食べる」をモットーに、都会と農を繋ぐ活動を展開していたことと深い関係があります。
「NPO法人の設立以来、活動の一環として、渋谷を拠点に野菜を育てたり、コットン(綿)を育てて、身につけるものも自分たちの手で作ったりと、様々な活動をしてきました。そのうち、“今度は飲み物も作ってみたいね”という話になり、“ビールを造ってみるのはどうだろう?” そのために、“自分たちでホップの栽培に挑戦してみるのはどうだろう?”という話になったんです」と、当時を振り返る小倉園長。小倉さんは、「渋谷区ふれあい植物センター」の園長であると同時に、「NPO法人アーバンファーマーズクラブ」の代表理事でもあります。ビールのためにホップ栽培に挑戦しようと決めたものの、「そもそも、渋谷でホップは育つのだろうか…?」と不安を抱えながら、アドバイスをもらえるホップ農家を探すところからスタートしました。それが今から4年前のことです。
ホップは我慢の植物! 都会のど真ん中でホップ栽培をスタート!
「渋谷でホップ栽培ですか? できると思いますよ」
初めてのチャレンジを受けとめてくれたのは、山梨県北杜市でホップを栽培する小林吉倫さんです。小林さんは、埼玉県出身ながらホップという植物が持つ香りに惹かれて、ホップ農家を始めた移住組。家族でホップを栽培しています。ただし、小林さんからはひとつ条件がありました。その条件とは「ホップがある程度収穫できるようになるまで待つこと」。その期間は約3年です。
「それでも我慢して育てられますか?」という小林さんの言葉に、「できますと即答しました。都会の真ん中でもホップが育つのか、チャレンジしてみたかったんです」と園長。こうして、プロの指導のもと、2021年から渋谷でのホップ栽培が始まりました。1年目から4mくらいまでツルが成長し、一見、順調に見えたのもつかの間、花は咲いても肝心の実はまったくつきませんでした。
「その年に取れたのは20g程度。片手にちょこっとのるくらいでした。ちょうど夏の暑さも厳しくなってきた頃で、2年目は日よけのネットもかけてがんばって世話をしたのですが、それでも40gくらいしかとれなくて…」
3年目には、ちょうど「渋谷区ふれあい植物センター」のリニューアルにより、ホップの鉢植えも植物園の屋上に引っ越すことに。日当たりや風通しのいい環境と、植物園のスタッフやボランティアによってより細やかな手入れが可能になったことで、4年目の2024年には、「カスケード」「信州早生」「ハラタウ」とどの品種もたわわに実り、収量の合計はなんと1.3㎏と1年目の約60倍に! こうして、渋谷という都会でも、ホップ栽培が十分可能であることを実証したのでした。
2024年4月6日からスタートした、「ふれ植ホップ栽培メンテナンスDay」の記念すべき第1回の作業の様子。 冬を越して、芽が出てきたホップに支柱を立てて、蔓を誘引していく作業です。そして、約2ヶ月後の5月30日の第2回の様子が下の写真です!
よほど、植物園の環境とお手入れがよかったのか、2ヶ月でこんなに蔓が伸びて、緑のカーテンができ始めていました。実はこの時点ですでに花がいっぱい咲き始めています。植物の生命力を目の当たりにしたボランティアメンバーからは感嘆の声が!
ホップの手入れとビール造りで生まれる、新たな人の輪
ここで、2024年における栽培からビール醸造までの流れをひと通り見ておきましょう。昨年4月6日より「ふれ植ホップ栽培メンテナンスDay」をスタート。毎月第一日曜日を基本に月に一度、ホップ農家の小林さんをお迎えし、ホップについての座学や、季節ごとのお手入れの仕方を教わりながら作業してきました。
ホップ農家の小林吉倫さんに教えてもらいながら、芽吹きの作業をしている様子。自宅でホップを育てたい参加者から、どのように育てたらいいか質問もありました。
4/6(土)支柱立て、つる誘引 5/5(日)つる巻き付け、間引き
6/2(日)追肥、芽欠き、消毒作業
7/7(日)葉欠き
8/4(日)葉欠き
9/8(日)開花見込み
10/6(日)収穫
の予定でしたが、昨年は、生育のスピードが早く、6月の時点で収穫を開始、7月には収穫を終えました。
栽培ボランティアには常時、30人くらいが参加。年齢層もバラバラな皆さんが屋上のホップ農園にたどりつくと、一斉に「わあ! ホップってこんな植物なんですね!」と目が輝き、夢中で観察したり、写真を撮ったりと盛り上がります。ビールが好きで、ホップの栽培に関心が高い人という共通項があるため、初対面同士でも作業をしながらすぐに打ち解けてみんなで協力し合いながら、約半年の間にコミュニティのベースが整っていきました。
さて、収穫の次は、いよいよお待ちかねのビール造りに移ります。委託醸造をお願いしたのは、神奈川県相模原市にある、少量から対応可能なマイクロブルワリー「JAZZ BREWING FUJINO」のオーナーで醸造家の山口解さんです。9月にボランティア有志で山口さんの醸造所にお邪魔し、みんなでひとつひとつ丁寧にむいたホップを託しました。
「ビールの味わいの方向性について、まず山口さんに相談したんです。今回、ホップがたくさんとれたので、100%植物園産のホップでビールを造れそうだと伝えたら、山口さんからは、100%国産のホップで造るとどんな味になるかちょっとわからないというお返事がきて」。そこで、園長は、メンバーの希望を聞いてみることにしました。
「ある程度、海外産のホップも混ぜて、今っぽいクラフトビールの味わいを目指すか、それともやっぱり自分たちが育てたホップ100%で造るか、どちらがいいか聞いたところ、メンバー全員が“自分たちのホップ100%のビールを飲みたい”となりました」
委託醸造をお願いした神奈川県相模原市の「JAZZ BREWING FUJINO」の醸造家、山口解さん。地元の農産物を使用したクラフトビールを数多く手がけています。
さらに、収量が多かったため、2種類のビールを造ることになり、11月には第1弾として、カスケード種を使用したラガータイプが誕生しました(第2弾はペールエール)。ビールの名前は、「渋谷の地元の人たちにわいわい飲んでもらいたい。自分たちのビールだと思ってもらいたい」という願いを込めて、「渋谷東麦酒」と命名。ラベルのデザインはボランティアメンバーが手がけ、ラベル貼りもみんなでわいわい行ない、とうとう、11月30日と12月1日には、お披露目のイベントが開催されたのです。当日はボランティアの皆さんもテイスティングに参加したり、植物園の1階の販売スペースで売り子をしたりと、栽培からビールを発信するところまで、自分ごととして動きました。
プロジェクトを通して、「自分が栽培に関わったホップがビールになるなんて感慨深いです」「いわゆるラガーとも違ってするする飲める。思い入れもあってビールの味も格別に感じる」「ホップ農家の方から直接ホップについていろいろ教えてもらえるのが楽しかった。自宅でも育ててみたい」といった喜びの声や、「年齢も職業も異なる人たちと知り合って、いっしょに作業する時間が楽しかった」といった新たなコミュニティの一員になった充実感についての感想も寄せられました。
「ビールって、大人にとって、一番カジュアルなコミュニケーションツールですよね。ビール一杯軽く飲みましょうだと人を誘いやすいというか(笑)。“渋谷東麦酒”という名前をつけたのも、やっぱり渋谷で育ったホップでできたビールだから、地域の人たちに飲んでもらえたらと思います。そして、いろんな人がこのビールを飲んで仲良くなれたらいいな、と」。
2025年もこの「渋谷東麦酒」プロジェクトは継続し、昨年と同様、小林さんをお迎えし、毎月第4日曜日にホップのお手入れを行ないます。そのうち、この植物園のホップを株分けして、ホップ栽培の輪が広がるかもしれませんね。興味がわいた方は、ぜひ、今後の情報発信をチェックしてくださいね。そして、ここまで読んで、「一体、どんな味わいのビールなんだろう?」と思ったあなた! 現在、植物園の1階受付にて販売中ですので、ぜひ「渋谷東麦酒」を手に取ってみてください。2月には第2弾としてペールエールも登場しますのでどうぞお楽しみに!
ここ、渋谷区ふれあい植物センターから、ローカルなクラフトビールカルチャーを生み出すコミュニティをいっしょに育てていきましょう。あなたのご参加をお待ちしております!