渋谷にある『日本で一番小さな植物園』の園長日記
こんにちは。『渋谷区ふれあい植物センター』園長の小倉崇です。
これから、時折ですが、こちらのコーナーにて、園内の植物たちの様子だったり、イベントでの出来事だったり、はたまた、植物全般や土や農業についてなど、日々、感じたことを記していきたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。
この原稿を書いている今日は、月曜日。植物園は休園日です。日頃、たくさんの来園者で賑わっている園内には、今日は私しかいません。植物園を独り占め状態。こんなに贅沢な時間はありません。
作業用の手袋とハンドフォークとカメラが、休園日の私の仕事道具。一階から屋上まで、植物たちに水やりをしながら、土を軽く掘って、土や根っこの状態を確認したり、カイガラムシなどが出ていないか、コーヒーの葉っぱを一枚づつ裏返してチェックしたり、枯れ始めたヤシの葉を落としたり、光がきれいに当たっている植物を見つけると写真に収めたり。植物と向き合っていると、驚きや発見、気づきや学びをたくさん与えられます。
昨年の7月にリニューアルオープンした当初は、「農と食の地域拠点」として、ボランティアさんたちと一緒に植栽の植物たちを育てることを念頭に置いていたため、まだまだ幼い植物たちばかりを植えました。それを見て、以前の植物園よりも植物の数が少なくなったとの意見をいただいたこともありましたが、リニューアルオープンから一年と少しの時間を経た植物園を見渡すと、バナナは旺盛に葉を茂らせ、グアバにはたわわに実がなり、無事に収穫を終えたマンゴーやライチもさらに枝を太くして栄養を蓄えていたり、緑が視界いっぱいに溢れるような空間へと成長してきたように思えます。これは、ようやく土が出来てきて、それぞれの植物がしっかりと根を張り始めたからだと思います。
そんな目の前の植物たちを眺めていると、植物とは、なんと強い生き物なのだろうと感嘆します。植物たちは、一旦、決まった場所に植えられると、自分たちの意思では動くことができません。人間だったら、暑ければ涼しい場所へ、寒ければ暖かい場所へ、自分と合わないと感じた自宅や職場なら引越しや転職などなど、人間は自分の意思で自分の周辺環境を変えることができますが、植物はそれが出来ません。暑くても寒くても、相性の悪い土や植物が周囲にいたとしても、なんとかその場で生き延びていけるように自分たち自身を環境に合わせ、あるいは問題を解決しながら生命を繋いでいきます。「根を張る」という言葉を思い出しました。
私たち『渋谷区ふれあい植物センター』では、農薬は一切使わずに果樹やハーブを育てています。しかも、ガラス面などで覆われた建物ですので、外でのガーデニングや畑と異なり、風も雨も降らない人工的な環境ですので、人間がこまめにお世話することが必要です。
最も大事なことは、園内の土づくりです。農薬や化学肥料に頼らずに、微生物の棲家と餌を両立しているような健康で肥沃な土壌を作ることで、植物は根をゆっくりと伸ばし、土の中の栄養を吸い上げて成長します。すると、ぐんぐんと育つ植物たちは大きな葉を何枚もつけます。この葉が日差しを浴びて光合成をして得たエネルギーはまた土にも還元されていきます。そうして、土と植物がそれぞれのポテンシャルを活かし合うような栽培を私たちは実践しています。
こうして改めて書き出していたら、この栽培のやり方って、実は私たち『渋谷区ふれあい植物センター』の運営にも当てはまることに気づきました。現在、私たちは様々な経歴を持つスタッフで運営しています。ハーバリストやフローリストとして活動していたり、造園に携わっていたり、ハーブ農家で数年間修行してきたり、大学で植物学を学んだのち植物園で働いてきたり、シェフとして店舗経営はもとより料理教室なども手掛けてきたり、フランスの星付きレストランで腕を磨いてきたりした個性が溢れるスタッフたちです。個性が溢れることは、裏を返せば軋轢や齟齬が生まれることも多々あります。時には感情が爆発するような口論になることもありますが、それでも、私たちには同じ思いがあります。それは、
「『渋谷区ふれあい植物センター』の一員でありたい。そして、この植物園を通じて、来園者のみなさんに植物のことを好きになってもらいたい。楽しんでもらいたい。味わってもらいたい」という思いです。
私たち自身を、植栽の土や植物に置き換えると、来園者の方々に喜んでもらうことは太陽の日差しを浴びること(=光合成)です。つまり、みなさんが喜んでくれることが私たちの栄養になり、そして、またみなさんに喜んでもらえるような園としての取り組みを広げていけるのです。
この目の前の植物たちの姿を見ていると私たちの『渋谷区ふれあい植物センター』も、渋谷のど真ん中という都会の象徴のような場所で、地域の方々や植物を愛する人、あるいは都市環境や気候変動に関心が高い人、コミュニティ醸成に興味がある方々などの心の中に、ゆっくりと根を張っていきたいと思うのです。